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イギリスがユーロを導入しなかった経緯、導入しない理由

英国はもともとユーロ導入を視野に入れていた。
しかし、ジョージ・ソロス率いる投資ファンドによってポンド暴落を引き起こされ、ユーロ導入の夢は散ってしまった。

英国キャメロン首相は、先日のEUサミット後「我々がユーロに参加していなくてよかった」と述べた。
少なくない見識者がこれを「負け犬と遠吠え」と指摘した。

たしかに英国はユーロ導入の夢をソロスに打ち砕かれた格好だが、図らずもこれがイギリスにとってはプラスに作用した。キャメロン首相のコメントは「負け犬と遠吠え」ではなく「本音」なのではないだろうか。


ユーロとイギリスの関係について以下にまとめてみる。

EUはユーロを導入する以前から通貨の安定を目的にERM(欧州為替相場メカニズム)を導入していた。
(1979年3月にERMを導入し1999年1月から統一通貨ユーロを導入した)

ERMとは為替の変動幅を固定する制度である。
具体的には、2通貨間の変動幅を±2.25%(通貨の一方がイタリアリラの場合は±6%)以内に押さえられていた。
ERMはもちろん将来的な通貨統合を見据えての取り組みである。

英国は1990年にERMに参加した。
その時の各種データを見てみよう。

以下は、1990年台のイギリスとフランスのGDP成長率、CPIである。
(出所)英国国家統計局・フランス国立経済統計研究所より筆者作成
※東西ドイツ併合の影響(?) なのかドイツの1990年~1991年のデータが取れなかったのでフランスを利用した。




グラフから、イギリスがERMに参加した当時、イギリスのインフレ率はフランスよりも高かった一方、イギリス経済はマイナス成長に陥る不況だったことがわかる。

ERMへの参加により、英国はスターリングポンド(イギリスポンド、以下ポンド)を英国よりも経済が堅調な欧州諸国の通貨と連動させる必要があり、ポンドは割高に推移せざるを得なかった。

ここに目をつけたのがジョージ・ソロスである。
インフレ(通貨の価値が下がる)、マイナス成長(もちろん通貨の価値が下がる)の状況で、(イギリスよりも経済状況が良い)欧州通貨と連動させなければいけない英国の通貨政策が持続できるはずがない、もしくはフェアバリューから乖離していると判断したジョージ・ ソロスはポンドを売り浴びせた。

イングランド銀行はポンド買い介入・公定歩合の引き上げ(1日で5%も引き上げた)でソロスに対抗したが、ソロスをはじめとした投機筋のポンド売りは止まらず、ポンドはERMのルールである変動幅±2.25%を超えて大きく変動してしまった。

下のチャートはポンド/フランスフランを当時の推移である。
(出所)Bloombergより筆者作成


1992年9月16日、ポンドは大幅に下落していることがわかる。
この翌日の1992年9月17日、英国は正式にERMを脱退し変動為替相場へ戻すことになった。
ちなみに、9月16日のポンド危機はBlack Wednesday(暗黒の水曜日)と呼ばれている。

しかし、ポンド危機を契機にポンドの価値の下落は1995年まで続き、結果これがイギリスの景気回復をもたらすことになった。
よって、一部では9月16日をWhite Wednesdayと呼ぶ人もいる。

英国は為替メカニズムが働かないERM導入で景気悪化に陥り、(外圧により)変動為替相場に戻ったことで景気回復を実現した。

現状、イタリアも為替メカニズムの働かない統一通貨ユーロの影響で低成長に陥っている(過去記事参照)。
統一通貨の欠点を20年前に体験している英国が、今、同じ理由で苦しむユーロ圏周辺国の惨状を見て、ユーロへの魅力を感じているはずがない、と僕は考えている。


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  • 2017-05-18 07:13
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